日本の会計士資格の難易度は適切な水準なのか?

会計士資格の難易度について、ツイッターに投稿した内容への反応が多かったのでブログに自分の考えを整理してみました。

日本の会計士資格のレベルは適切な水準なのか?というテーマです。

ブログde会計にあげるか迷ったが、あえてこちらで。

なお「そもそも会計士は監査を目的とする資格で、単に会計知識を得たいならそもそも日本の会計士もUSCPAも取る必要はない」という声ももらいましたが、これはまさにその通りで自分のtweetに誤解を生む部分があったと反省しています。

なので今回は独占業務を前提として、書いてみます。

一般的な資格試験制度の意味

資格試験制度の本質は、「一定の能力があることを客観的に証明すること」だと思う。

例えば英語を話す上でTOEICや英検資格はいらないが、就活や転職において自分の英語力を示すために資格が必要になる。

採用する側にとっても、採用される側にとっても資格という形で客観的に図れることでコストが減るのでメリットがある。

これが一般的な資格試験制度の本質だと思う。

独占業務のある資格試験制度の意味

これに対し、いわゆる独占業務をもつ士業などの資格の本質は「専門性が高く一定以上の能力がないと社会が混乱する仕事について、一定以上の能力がない者を排除することで社会の混乱を防ぐ」ことだと思う。

もっともわかりやすいのは医者だと思うが、能力のない素人が勝手に開業すれば患者の命を奪い兼ねない。

患者が医者の能力を判断できればいいが、専門性が高いゆえに素人である患者が医師の能力を判断するのは無理がある。

そのため能力の無い医者が蔓延すれば、病気になったときや怪我をした時に何を信じればいいかわからなくなり、社会が混乱する。

弁護士、会計士、税理士といた資格についても同様だと思う。

独占業務を持つ資格においてあるべき試験制度とは何か

前述した目的を鑑みれば、まずは「社会の混乱を招かないために必要な能力を正しく見極める」ということだと思う。

ここでいう「能力を正しく見極める」とは、能力の無いものを排除するだけでなく、必要な能力に対して無駄に高い能力だけに限定しないことを含む。

すなわち、必要な能力に対して「易しすぎず」「難しすぎず」ということだ。

まずは医者になるべき能力を持たないものを排除することは必須になるが、「本来医者になるのに必要十分な能力を持つのに、試験が無駄に難しいので医者になれない」という状態も避けなければならない。

なぜなら、市場の競争原理が制限された独占業務において、資格の難易度が無駄に高いことは既得権益が拡大する弊害を生むからだ。

 

どういうことか。

基本的にサービスの価格は需要と供給のバランスで決まる。

需要に対して供給が多いなら値段は下がり、需要に対して供給が少ないなら値段は上がる。

市場の競争原理が正しく機能することで、消費者はより良いサービスを安く享受することができる。

独占業務を設けることで市場競争を一定排除すると、供給者の数が制限されるので、供給者が有利な立場に立ちやすく、消費者は不利な立場になる。

極端な話、この世で医者が一人しかいないなら、治療を受けるには医者の言い値に従わなければならないわけだ。

 

これが、医者になることが本当に難しく、希少価値が高いならそれも止むを得ない。

一方で、医者の試験を無駄に難しくすることで意図的に希少価値を高めているのであれば、これは不当な既得権益を作ることになる。

もっとも、日本においては医療行為は価格設定の側も規制されているのでそのような事態にはならないのだが、弁護士や会計士や税理士といった資格はそうではない。

資格が無駄に難しいことは既得権益を作ることになり、社会にとって害悪だ。

従って資格試験は、能力を正しく見極める上で「無駄に易しくなく、また無駄に難しくもない」ということが求められる。

試験が難しい分には問題がないのか?

資格試験が必要以上に難しかったとしても、より合格者の質は高くなるだけので難しい分には問題ないのではないか?という主張もあるが、それは違うと思う。

消費者が専門性の高さを判断できないからこそ、資格試験という形で一律能力の判断をしているのだから、本来必要な水準を満たしているなら、それより高い水準を求める必要はないはずだ。

資格試験とは少し変わるが、例えばタクシーは乗客を安全かつ一定程度快適に目的地に送れば十分なはずだ。

シューマッハのようなドライビングテクニックは求められておらず、プロのF1ドライバーレベルのドライビングテクニックだが数が少なく賃料の高いタクシーよりは、安くホスピタリティに溢れたタクシーがたくさん便利に増える方が消費者にとってメリットは大きい。

つまり、資格試験はあくまで必要な水準かどうかを判断するものであり、その水準を満たしているのであればあとは他の部分で競争させ、市場の競争原理に委ねた方が消費者にとってのメリットが大きい。

資格試験の難易度をコントロールすることで需給のバランスを調整することは正しいのか

なお、独占業務を制限することで「需給のバランスを適切に調整する」という側面もあるが、これはあくまで付随的な目的だと個人的には思う。

すなわち、需給のバランスにおいてどれだけ需要が逼迫していても、試験の難易度を下げて人を殺しかねない医者を生んではいけないし、医者が増えすぎて食えない医者が生まれたとしても、必要な能力を持っている医者が増える分には市場競争から守るべき大義名分はない。

医者や弁護士の報酬が高いのは、医者や弁護士や崇高な職業だから報酬を高くしているのではなく、医者や弁護士を担える能力を持つ人が限られているからである。

「資格の価値が下がるから難易度を下げるべきではない」とか「資格の人気が下がるから難易度を上げるべきではない」というのは本質的ではないように思う。

今の会計士試験に問題はあるのか?

では本題というか、話の発端になった日本の会計士試験について。

今の会計士試験に問題はあるのだろうか?

問題提起しといてあれだが、基本的にはよくできた試験だと思う。

試験を受けた身としては、試験で得た知識は実務に生きる部分が多いし、試験の内容はわりと本質的な内容になっていると思う。

どんなものでも完璧はないので常に改善余地はあるが、今の会計士試験に大きな欠陥があるとか、根本的な問題があるとは思っていない。

但し、個人的には以下の点は気になる。

  • USCPAなど海外と比較して明らかに難易度が高い
  • ここ10年ほどで合格率や合格者数が2倍以上に変動している
  • 短答式試験では重箱の隅をつついたようなマニアックな問題が多く出る
  • 特殊商品売買や本社工場会計など、実務でほとんどみないような内容が出る
  • 予備校教師の間でも見解が割れるような複雑な問題が出る

今の日本の会計士試験の難易度は適切なのか

後半は点の話でまあどうでもいいのだが、特に一つ目の点は個人的にかなり気になる。

日本では、日本の会計士資格は難しいからあえてUSCPAを取得するという方がいる。

そういう方が監査法人に入った場合どうかと言うと、日本の会計士と遜色なく活躍したりしている。

あるいは、日本の監査の品質が海外と比べて高いかと言うと、必ずしもそうでないように思う。

ならば知識量を問う試験としては難易度を下げ、もっと実務の中で競争を促す形でもいいのではないかと思う。

試験の難易度を下げる≠監査の質が下がる

「試験の難易度を下げる」と言うと「監査の質を下げるな」という反論を貰うことが多いが、これは必ずしもイコールではないと思う。

試験では知識量しか問えないので、知識量を問う試験の難易度は下げることで母数を増やし、その中でコミュニケーション力や洞察力、論理的思考力などが高い人を増やすことでむしろ監査の質が上がるという考え方もあるはずだ。

実際にアメリカなどでは監査法人に入る段階では資格はいらず、ポテンシャルの高い単純に優秀な人を取ってふるいにかけることで質を担保しているようだ。

もっとも簡単にクビを切れない日本では、ただ海外を真似すればいいというわけではないことは承知している。

時代の変化の中で会計士の試験の内容を変える必要はないのか?

もうひとつ思うのは、時代の変化の中で本当に今までの試験制度を維持するのが必ずしも正解ではないということ。

試験のやり方は細かいアップデートはあれど、基本的に過去からずっと変わっていない。

その間にテクノロジーは急速に進化している。

昔は細かい知識まで網羅的に暗記していることが必要で、知識量を重視する試験は正しかったのかもしれない。

一方で、今では検索すれば情報にはすぐに辿り着けるし、今後はAIの進歩もあるだろう。

会計士の資質の中で「知識量」の重要性は相対的に落ちているはずなので、今までと同じ試験でいいのかは考えてみてもいいと思う。

まとめ

というわけで、現状の会計士試験制度に大きな疑問がある、と考えているわけではないが、知識量を問うことに偏重した今の試験には改善余地も多いと思った次第です。

twitterでも書きましたが、万人が納得する完璧な試験制度を作るのは無理な話で、試験制度を作るのは試験に受かるより何倍も難しいのだろうと思います。

言うは易しで、文句を言うなら誰でもできるのはもちろん承知の上。

とはいえこういう投稿がきっかけで、みんなが考えたり意見交換するのは良いことだなと思いました。

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